晴空便り

エッセイスト・生け花アーティスト・末富晶の晴れた空へつながるブログ

春に立つ

 

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朝日を感じて目覚めて。

 

軽く身体を動かして。

 

ほんのわずかばかり、静かに座って。

 

 

 

 

そうしてめぐるいつもの一日を繰り返しながら、

動画やSNSや人々の様子を通して

 

今、どんなにか

世界が大きくうごめいていることを感じています。

 

 

 

 

 

昨日と同じような明日が続いていくものだとばかり、

なぜか私たちは信じがちだけど。

 

 

よくよく考えてみれば、

今日と全く同じ日を過ごしたことは、一日とて過去になく。

 

 

毎日、毎日、

特別の今日を積み重ねて。

 

その一人ひとりの、

少しずつの毎日の変化が

何年も経てば、大きなうねりとなって現実に見えるようになるのは

当然のこと、と言えるのかもしれません。

 

 

目に見える世界と、見えない世界とは、

 

よく言われる分け方だけれど。

 

 

感知するしないに関わらず、

その二つは、いつも共にあって

お互いの裏側を、担っている。

 

 

 

人間の生き方にも、

 

感覚や思考みたいに目に見えない状態のものもあれば

 

行動やこうして表す言葉のように目に見える類のものもある。

 

 

とてもとても、当たり前のことを書いているようですが、

「見えないもの」はない、と断言しても憚られないような風潮が

ここしばらく、強かったように感じるから。

 

改めてその当たり前に向き合って、

見えないものの世界に思いを馳せることには、

何かとても大きな意味があると思えるのです。

 

 

 

ものすごく色々と飛び越えていきなり結論を言えば、

 

私は、

私のやっている、書いている、生け花や文章は

その二つのうちの「目に見えない」部分をより深く重視しています。

 

 

生け花を通して見ているのは

本当は「花」ではなく目の前の「空間」そのものであるし、

 

文章を書いていて意味をこめているのは

本当は書かれている「言葉」ではなく「行間」を含んだ全体の流れや印象だから。

 

 

 

見えるものの世界と、

見えないものの世界、

そして、それをどちらも感じ取る「私」の世界。

 

 

 

まるで正三角形をつくろうとするように、

 

その三点の、どれか一方だけ殊更に長く伸ばすことなく、

 

互いが互いに、寸分違わず同じずつだけ、

それぞれの世界を深めていくことが出来たら。

 

 

 

 そこではじめて、この世界の本当の姿が見えてくる。

 

 

 

そんな風に感じています。

 

 

 

 

 

 

 

立春を迎え、新しい時がはじまりました。

 

 

 

 

みなさまどうぞそれぞれに、

素敵な今日をお過ごしください。

 

 

 

 

   末富 晶

  Sho SUETOMI

 

 

 


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不登校児だった頃の体験や出会いや考えていたことを振り返りながら、
今現在につながる道筋を綴っています。

 

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