晴空便り

エッセイスト・生け花アーティスト・末富晶の晴れた空へつながるブログ

時間がかかる道

 

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<生け花・ピンクッション・ニューサイラン・レザファン(末富晶)>

 

 

 

 

森下典子さん著の、「日日是好日ーにちにちこれこうじつー」を読んだ。

 

本屋さんでふと文庫本を手にとったとき、

柔らかな文面を見て「小説なのかな?」と思ったのだけれど、

作者と茶道の出会い、そこから数十年にわたるお茶との日々を綴ったエッセイだった。

 

まえがきを読んで、

そのするすると入ってくる美しい文面に心動かされ

買って、持って帰ってじっくり読もうと決めたのだけど、

決め手となった箇所をもし一つ挙げるとするなら、

 

 

 

世の中には、「すぐわかるもの」と、

「すぐにはわからないもの」の二種類がある。

 

 

 

という一行になると思う。

 

 

ああ、本当にそうだな、と感じて。

 

もっとそのことを語る言葉に浸りたい、と感じて。

 

するすると読めてしまうことが嬉しいようなもったいないような気持ちで、

一冊分、まるごとそうした気持ちを味わいながら、

読み終わったのです。

 

 

世の中には、色んな「学び」があるけれど。

 

その中には、

 

「すぐにわかるもの」と

 

「すぐにはわからないもの」がある。

 

 

私はありがたいことに、華道という学びに出会う機会があったから、

その言葉のいわんとしていることを身にしみて知っているような気持ちにもなる。

 

後者の、「すぐにはわからないもの」の学びの場合、

最初のうちには、それがわかっていないことさえわかっていなくて。

 

「何もわかっていなかったのだ。」

 

と知れるのが、

なんと稽古をはじめてから十年も二十年も後になってはじめて、ということさえある。

 

 

ということさえある、というか、

ということがむしろ、普通と言えるような。

 

そんな特殊な世界が、

 

早さを競うように進む世界の裏側に、

まったく別の時間を持って存在している。

 

 

習う前に

事前に、

 

「これを習ったらこういう変化があり、こうしたものが得られますよ」

 

とは決して教えられない。

 

なぜならそれは、

その人の生きている「世界」そのものを変化させてしまう類いのもので、

 

単なる知識や、スキルの話ではないのだから。

 

 

そうしたことを、

とてもすてきに、

書いてくれている本でした。

 

 

二十年というと、

おぎゃーと生まれた子どもが成人するまでの年月だけれど。

 

本当の学びも、育つまでにはそれだけの月日が必要で。

 

ある日、

まったくそれが「その日」だと予期されぬまま訪れた何れかのタイミングで

 

「あ」

 

とその成熟を知る時がくる。

 

 

だけど二十歳は、多くの人が思うようにまだまだ若く。

 

 

「なにも知らなかった」とわかったその日は、実はゴールではなくスタートで。

 

まだまだその先に、長い長い学びの道は続いていて。

 

そのことを大変だと思うか、面白いと思うか。

人によって好みは分かれるところかもしれないのだけど。

 

 

そうした学びの道の上にいるかぎり

年齢を重ねることをただ、

 

マイナスだ、とばかりは感じられないだろうと思う。

 

 

 

「日日是好日」

 

映画になるようです。

 

上映されたら、見に行ってみようかな。

 

 

 

 

とても暑い日が続いていますね。

 

みなさまどうぞお身体ご自愛の上、良い夏をお過ごしください。

 

 

 

 

    末富 晶

 

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