晴空便り

エッセイスト・生け花アーティスト・末富晶の晴れた空へつながるブログ

パネリストをさせていただきました

 

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昨日は久しぶりにたくさんの方々の前で不登校時代の話をする機会をいただきました。

 

 

『大人になった元不登校児の話ということで、他の二名の方と共に、パネリストをお願いします』

 

とのことだったので、勝手に三者での座談会的な雰囲気なのかなと思っていて、

コーディネーターの方からの質問にこたえながら、みんなで話をしていくスタイルだと想像していたのですが。

蓋を開けてみればそうではなくて、

前半と後半、20分ずつそれぞれの体験を一人ずつ話す。

という、それぞれのミニ講演会のような形式だったのです。

 

事前に打ち合わせもしていただいていて、

そこに至るまでに分からないのはおかしいのですが、

何か私の「パネリスト」という言葉に対する思い込みが強かったようで

なんと当日までその勘違いに気づきませんでした。

 

控え室で当日一緒にお話するお二人と「今日はよろしくお願いします」と挨拶して、

「20分間話すの、緊張しますね」

といった話題が出てはじめて、

「あれ、もしかして打ち合わせの時に前半20分っておっしゃってたのって、一人20分という意味ですか?」

と気づくという始末…。

よくよく考えれば時間配分的に前半は一時間になるはずなので、そう考えれば一人ずつ20分という意味であることは当たり前です。

この理解力のなさが不登校という過去のせいではないことは、同じ経験を持った他のお二人がきちんと意味を理解してしっかり自分の話す内容をまとめてきておられたことからも明白です。

 

こうして私は会がはじまる5分前に、ささっと走り書きでこれだけは伝えたいという内容を一気にメモし、

そんな状態でちゃんとしゃべれるのかと心配する暇もないくらいにすぐに訪れた自分の持ち時間を、結果的には意外と内容につまることなく話し終えるという綱渡り芸をしてしまったのです。

 

不登校のことをこれまで何度か文章に書かせていただいたり、お話させていただいていた経験があって本当に良かった。

自分の中で最近は不登校時代のことが年齢別と系統別にファイル分けされて並んでいるような感があり、「この巻の○○の話」と棚から出してきて開けば、すぐにそのお話ができるようになってきた気がします。

自分の記憶とはいえ、手つかずで放置していた時には色々なものがごちゃごちゃになっていて他の方にスムーズにお伝えすることは難しかったはずなのでこれは本当にもう近年のそうした「思い出し作業」の賜物と言えるでしょう。

 

 

あの頃の自分の気持ちを、あの頃の自分は言葉で伝えることができなかったし、

今の自分にとっても、まだ100パーセント言葉に出来るとは感じられない。

 

 

パネラーのお一人がおっしゃったそうした内容のお話を、

私も自分と重ね合わせて頷きながら聞いていました。

 

その時の複雑に絡み合った自分の感情や状態を表現しようと

ぴったりな言葉を探してみるけれど、

まだ十分な語彙力のない小さな人にとっては

それはかなり難易度の高いほとんど達成不可能な挑戦だし、

大人になって落としどころが見えてきて

取りあえず「こういう言葉」に置き換えておこうということが出来るようになったところで

それはやっぱり、その感情そのものではないはずなのです。

 

 

私が今やっているのは、そうした意味で

あの頃の不登校児だった小さな自分の言葉を

なんとか他の大人にも伝わる形で話そうとする

一種の翻訳作業のようなことなのかもしれません。

 

 

それにしてもやっぱり、

実際に人が集まって何かを共有する場というのは

大きなエネルギーが生まれるものですね。

 

席が足りなくなるほど、

満員となった会場。

 

色々な出会いがあり、

私にとってもとても刺激がある充実の一日となりました。

 

 

声をかけていただき、ありがとうございました。

またの機会にお会いできる日を楽しみにしています。

 

 

    末富晶

 

 

 

<私の不登校記はこちらからどうぞ>

seikuudayori.hatenablog.com

 

 

 

< 現代生け花展TUDOU 4月11(水)〜15日(日) >

seikuudayori.hatenablog.com

 

 

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