晴空便り

エッセイスト・生け花アーティスト・末富晶の晴れた空へつながるブログ

雨の日に

 

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<いけばな・バラ・雪柳> 末富晶 2017年10月

 

 

雨の日が続きます。

 

聞けば、台風も来ているのだとか。

10月の後半になってまだ台風の名を耳にすることは珍しい気がしますが、どうでしょう。

 

いつだったか、雨の日にバスに乗っていて。

一緒に乗っていた方が

「今日は山が見えないね」

とおっしゃった。

 

つられて同じ場所に目線をやると、

なるほどいつもはきれいに見えている山並みが

白くかすんで見えなくなっていて。

 

私はふと、何気なく

 

「天気が悪いからね」

 

と返したのですが。

 

その方はその言葉が気になったようで、

私に顔を向けると

 

「雨を悪い天気というのはおかしいよ」

 

そういうことに、気づかなければ。と、言ったのです。

 

なるほど、たしかに。本当だ。

油断している時ほど、こういうことを言いがちで。

晴れた日を天気が良い。

雨の日を天気が悪い。

そう呼ぶのは、現代日本においては別におかしなことじゃなく、全く「普通」のことなのだけど。

 

その普通はどこから来たのか。

一体だれが決めたのか。

本当にそうなのか。

 

そういう問いを通さずにただただ使われているままに採用すると、

知らないうちに、その奥にある考え方まで採用してしまうことになる。

 

言葉は便利なものだけど、

それは本当に、こわいことでもあるのだなと感じるのです。

 

つい口にのぼるそうした言葉の一つ一つを、感じられる人でいたい。

 

そして、そうしてみると

雨はやはり、別に悪くない。

 

雨よ、ごめん。

と、思うのです。

 

 

今日は靴の修理屋さんに行って、

前々からずっときれいにしたかったショートブーツを手入れしていただいたのですが、

本当に見違えるほど美しくピカピカの黒色をとりもどしてくれて

すごくすごく嬉しかったです。

 

見ていただいたところ、かかとがすり減っていて、底もちょっと外れかけていて、中敷きもダメになっていて。

 

実はそのブーツはある方からもう履かないからといただいたものなのですが、

いただいた時は新品に近い状態だったのに

私の元に来てからは毎年酷使され、ほぼ6年ほどでそんな状態となっていました。

 

かかとのゴムを代えてもらって、すり減ったところは詰め物でなおしてもらって、底も応急処置してもらって、中敷きも代えてもらって、

クリーニングと艶出ししてもらって。

 

くたびれてしわしわのグレーになってたブーツが、

シャキッと黒の自信をとりもどしてものの数十分でかえってきてくれました。

 

なんということ。

魔法か。と、言いたくなります。

 

予想以上に素敵になって戻ってきたブーツに足を入れると、

それはたしかに私の足に馴染んだブーツの感覚で、

新品を買った時よりもずっと嬉しく感じたのです。

 

「いい靴ですよ。手入れしながら、あと10年は十分履けます」

 

と、靴修理職人のお兄さん。

 

その言葉もとても、嬉しかった。

あと10年も、付き合える。

よい靴って、すごいのだな。

 

ぜひとも、手入れして大事に使って行こうと

心が明るくなったのです。

 

 

それにしても、

修理を待っている間スリッパをかりて店先の椅子に座っている時間も、なかなかに面白かった。

 

読みたい本があったので、何十分でもそこにいれると思ったのですが、

ちょうど人の出入りがある時間帯だったようで

私が店先に座っている間、いろんな方がいろんな事情でいろんな靴を持って間をおくことなく現れるので

そのやり取りの方に気が行って、実はあまり読む時間がありませんでした。

 

修理依頼の電話もいっぱい鳴るし、

すごいなー、流行ってるんだなーと

こうした種類のお店がにぎわっていることにほのかな光を感じていたのですが

 

ブーツが仕上がり、おそくなったと頭を下げるお兄さんに言わせると

「今待っていただいていた間が、ここ半年で一番の繁盛でした。びっくりしました。お待たせしてすみません」

とのこと。

 

こういう時、

自分がいた時にちょうどお店が流行った。と聞くのは、

なんだか嬉しい気がするのです。

 

 

さらに美しさに磨きをかけたブーツと共に、気持ちも新たに。

 

この冬も、どうぞよろしくお願いします。

 

 

 

   末富 晶

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