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晴空便り

造形詩家・末富晶の晴れた空へつながるブログ

晴空便りの生け花

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<生け花(庭のお花たち)末富晶・2017年4月 蘆花浅水荘にて> 

 

 

さて、明日は京都パレスサイドホテルでの「こ・こ・か・ら」さんのイベントに出展させていただく日です。

毎回、「晴空便りの生け花の時間」として、ゆっくりと小さな生け花を楽しんでいただけるスペースをつくっています。もしよろしければ、どうぞふらりとお立ち寄りください。詳細はこちら↓へ…

<こ・こ・か・らさんのホームページはこちら>

 

お花を用意して。

華器その他をスーツケースにつめて。

こまごまとした準備も、それはそれで楽しい時間。

 

生け花を通して色んな方と交流するようになって早一年。

少しずつですが、自分なりの「生け花の空間」の形が見えてきたような気がします。

 

一年ちょっと前、晴空便りとして生け花の教室を作ろうと考えていた時、どうしても

「既存の形」

というものが大きく頭の中にあって、それに合わせなくてはと色々空回りもしたのです。

 

毎月決まった曜日に華道教室を開かなければいけない。とか。

華材は枝物(木)と花をバランスよく揃えなくてはいけない。とか。

○○会みたいなグループにして入会金をいただく形にするべきなのだろうか。とか。

 

そう考えるとなんだか疲れて進めなくなって、進めないことを努力できないなぁと勘違いしそうになったりもしたのですが。

 

思うに、進めないということは、「そっちじゃないよ」というどこかからのサインなのでしょう。

最近では、無理にそういう「これまでにあった形」に合わせてスタートさせなくて良かったなぁと思える出来事が色々と起こっているのです。

 

ある方から先日、おうちでお友達を集めて生け花と親しむ会を持てたらいいなという相談をいただいたのですが。

 

その内容をまとめると、

 

つまり、そんなに大げさな「華器」も「華材」も必要なく。

 

ただ好きな入れ物に、庭や野原で好きなようにつんできたお花や、なんなら台所の野菜などの身近な植物を生けてみて。

 

いつもの暮らしの中で、植物ともっと親しくなりたい。

 

それを、みんなでおしゃべりしながら楽しくできたらきっと素敵だな。

 

と、ただただ純粋に、そういう気持ちが伝わってくるものでした。

 

「そういうの、教えられる?」

 

と聞いてもらった時。

私のやりたいことは、きっとそれに近い。と思えたのです。

 

生け花の世界の、花と花との間の「空間」を見る、その奥深さももちろん好きだし、色んな人に伝えたいとも思うけれど。

 

その始まりは、きっとシンプルで。

 

これまでもずっとそばにあった「庭の花」や「台所の野菜」などを、「改めて見てみる」というような些細なことが、実は、今まで知らなかった世界へ通じる扉となるのかもしれない。

 

それは何かに隠れて見えなくなっていた家の中の小さな窓を、そっと開いてみるようなもので。

 

その窓から、どんな風が入ってくるか。どんな景色が見えるか。

 

一人一人の「体験」は全く別物で、それがまた面白い。

そういう出会いを、していけるような。そんな生け花となったらいいなと思えるのです。

 

まだうまくまとまりませんが、

晴空便りの生け花はやはり、

いわゆる「華道教室」とは全く別のものになるのだろうなぁ…。

 

 

明日の出会いもまた楽しみに。

できれば明日もまたたくさんの人に、お花を生けていただけますように。

 

 

   末富晶

 

<晴空便りホームページ>

seikuudayori.wixsite.com