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晴空便り

造形詩家・末富晶の晴れた空へつながるブログ

不登校児になることは、効率の良い生き方をやめること

不登校と私 晴空便り

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アリス・イン・ワンダーランド」のように。

 

日常世界のどこかにある、思わぬ場所で落っこちて。ある日突然、世界がまったくあべこべに変わってしまう。

 

そこまでとはいかなくても、やはり、不登校児とそうでない生き方とでは子ども時代の世界の見え方が全く違ってくるものかもしれません。

 

小学校を卒業して。

中学校を卒業して。

高校を卒業して。

大学を卒業して。

いい大学を卒業したら、それだけいい就職ができる確率が高くて。

いい就職ができたら、きっと幸せになる確率が高い。

 

自分もそういう道を行くのだろうと、どこまでかは思っていたはずなのに。

「それって、本当に本当か」

という疑問が出だしたあたりから、どうにも歩調が怪しくなり。

やがて歩みをとめて、どことも知らぬ草原に、道をそれて飛び込んでしまった。

 

鬼が出るか蛇が出るか。

 

決して心地よいとは言えない心を持ったまま、それでも進むうち、見える景色はどんどん変わり…。

かきわけ進んだはずの胸まであった草は、腰ほどになり、くるぶしなり、やがてやわらかい手触りのものになって、私は自然と靴をぬぎ裸足で歩いていた。

 

これはもちろん、一種の比喩だけれど。

 

鬼や蛇が出るはずだった荒れ野が、自分にとって優しい世界へと変わっていったことは確かなのだと思う。

 

最初に皆と一緒の道から外れた時、あんなに恐ろしかったのは

「この先どうなるか見えない」からで。

 

今この草原を次のどこかへ向かって歩いている胸の内が少しワクワクとするのも

「この先どうなるか見えない」からだ。

 

実際に見えない道を歩くうち、訪れたたくさんの幸運や素晴らしい人との出会いや驚くようなミラクルが、私にとって世界をすっかり「そういうもの」に変えてしまった。

 

効率の良い生き方は、目指す場所への最短ルートだけど。

効率の良い生き方をやめて完全に未知の道なき道を進めば、歩き始めた時には想像もしなかった思いがけない場所にやがて辿りついたりもする。

 

いっぱい歩いたつもりでも、やっぱり次には深い森や見知らぬ藪が目の前に現れて。

 

面白そうだけれど、通り抜けられるかどうか、ちょっと躊躇することもまだまだあって。

  

それでも「怖いけれど、行こう」という一歩が大事で、そうすることで、心の中の世界がまた深まることももう知っているから。

 

 

これからも、自分にとっての世界を、優しいものへと変えていきたい。

 

心の奥の忘れ去られた暗い場所にも出向いて、明かりをともしていきたい。

 

 

たぶん、一生かかる。

 

だけどきっと、そうするために生きている気がする。

 

 

 

 

明日はさあ、華道壮風会東京展の仕込みです。

 

スーツケースに荷物をつめて、また、何度目かの出発。

 

 

 

   末富晶

 

 

<晴空便り>

 

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