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晴空便り

造形詩家・末富晶の晴れた空へつながるブログ

私の不登校記~その14~

不登校と私

<種族の違う家族>

 

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 14歳から16年の間、私はラブラドールレトリバーという種類の犬を飼っていました。

 

 どうしても犬が飼いたくて両親に頼み込み、おこづかいとお年玉をためて仔犬をもらいにブリーダーさんのところへ行ったのです。

 

 

「動物の一生の面倒を見るというのは簡単なことじゃない」

 

「最初はやると言っていても、大抵子どもは世話をしなくなる」

 

 

 とは、誰に言われたのだったか…。

 

 ともかく犬を飼う前に「そういうものだ」とあらかじめ提示されていた言葉でした。

 

 私はそれを聞いて、自分がただ一時の我が儘で「飼いたい」と言っているのか、それとももっと強い決意をもって「飼う犬の一生の面倒を見る」と言っているのか、自分の思いに自信が持てませんでした。

 

 ただ、一度決めたことを、とちゅうで放り出したりしたくない。他の人がどう言っても、きっと最後まで自分の犬として世話をしようと、そう思ったのです。

 

 でも、結局のところ犬との暮らしは「大変」なことよりも「幸せ」なことの方がずっと多い毎日でした。

 

「一生の面倒をみる」苦労は、できることならもっとずっとしていたかった。

 だけど彼女は精一杯長生きしてくれた後、来るべき日が来た時に私の腕の中で息をひきとったのです。

 

 暖かな生き物と触れ合う毎日は私にとって何よりも大きな贈り物でした。その犬の優しい瞳を思い出す時、あの時「犬を飼いたい」と決めた自分とそれを聞き入れ世話を助けてくれた家族にやはり「ありがとう」と言いたくなるのです。

 

 

 

 ~あとがきのようなもの~

犬を飼っている間、ほとんどずっと一緒に過ごしていたように思います。

同じベッドでひっついて眠り、早朝に散歩の催促で起こされてはそのまま出かけ、朝日がのぼる様子を眺め、帰ってきてまたひっついて本を読んだりなんだりして、夕方になったらまた散歩に出かけ、夕日が沈む様子を眺め・・・終わりが来るまで、繰り返し繰り返しの日々でした。
毎日が自然と規則正しくなり、両親曰くそれまで青白かった私の顔が健康的になったのはその犬がやって来てくれたからなのだそうです。

 

   末富晶

 

高島市社会福祉協議会広報「しふくのふくし」NO.62より

 

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♪私の不登校記その1はこちら

 

 

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