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晴空便り

造形詩家・末富晶の晴れた空へつながるブログ

私の不登校記~その13~

不登校と私

<祖父母との思い出>

 

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 私の家はいわゆる二世帯住宅で、一軒家の二階部分に両親と私たち兄弟、一階に祖父母が暮らしていました。

 

 学校に行かなくなってからしばらくの間、私はよく一階の和室を訪れ、祖父母と一緒に時間を過ごしていました。

 祖父は大抵テレビに向かい時代劇かサスペンスドラマを見ていて、その傍らで祖母に縫い物を教わりながら彼女の少女時代の話や戦争体験の話などを聞く毎日。

 

  こたつの上にはいつも美味しいお菓子が置いてあり、つまみ過ぎてはご飯が食べられなくなって母に怒られたり・・・。そんな風にいつも長居をしてしまうくらい、祖父母の部屋は当時の私にとって安心できる憩いの場だったのです。

 

 恐らく祖父も祖母も孫が学校に行かないことについて良くは思っていなかったはずなのですが、少なくとも私に直接それを問いただすようなことはしませんでした。

 二人がそうせずに、こころよく部屋に迎え入れてくれていたことは当時の私にとってとても幸運なことだったと思います。おかげで私は自分の何倍もの時を生きている祖父母から、多くのことを学ぶことが出来たのです。

 

 もしもあの時、同じ家に住む家族である祖父母に学校へ行かないことを責められたり、咎めるような態度をとられたりしていたら、私はもっと外の世界を恐れていただろうと思います。こうして思い返してみて、二人が「受け入れる」態度をとってくれていたことに改めて感謝の気持ちでいっぱいになります。

 

 

〜あとがきのようなもの〜

祖父はもうだいぶ前に亡くなってしまったのですが、祖母は今でも92才で同じ部屋に暮らしています。だいぶ身体は弱り思うように動かすことが出来なくなったのですが、今も私が帰ると暖かく迎え入れてくれる…その心は変わりません。

身体が不自由になってから、私が食事を持って行ったり薬を飲むのを手伝ったりすると「申し訳ない」「感謝してもしきれない」と言って手を合わせるのですが、子どもの頃あれだけお世話になっているのだから私としてはこんなことくらい当然というか、まだまだ足りない気持ちでいます。

ところが私が感謝しているその時期のことを、祖母自身は「何もしてやれなかった」と感じているらしいです。
何もせずそのままでそばにいてくれることが、どんなに大きな力となるか。
〜その14〜に書く犬のことにも、つながる話です。

 

   末富晶

 

高島市社会福祉協議会広報「しふくのふくし」NO.61より

 

→~その14へ~ 

♪私の不登校記その1はこちら

 

 

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