読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

晴空便り

造形詩家・末富晶の晴れた空へつながるブログ

空からの、便り

晴空便り

 

f:id:seikuudayori:20160726195903j:plain

 

 

この間の日曜日、京都のホテルで開かれた「こ・こ・か・ら」さんのイベントにお花を生けに行かせていただきました。

 

このところありがたいことに、こんな風に色々と動きのある毎日を送らせていただいていて、ゆっくり文章を書く機会を待っていたら今日まで少し間が空いてしまいました。

 

不登校記以外では、久しぶりの晴空便りとなります。

 

3月3日のお雛祭りからはじめたこのブログですが、ちょうどその頃から同時に色々なことに挑戦させていただく機会も増え、こんな言い方をしたらおかしいかもしれませんが、少しずつやろうとしていることが本物になっていっている過程のように感じています。

 

晴空便りは会社でもグループでもなく、その名の通り「私が個人的に届けたいお手紙」という意味合いが強いのですが、宛名も分からないまま小瓶に入れて漂流させているうちに、だんだんとどこかで誰かが受け取ってくれる機会も増えてきている。

そんな実感が、じわじわとわいてくる今日この頃です。

 

今回のイベント、主催の女性は私の友人で出会ってからは優に十五年を超えるのですが、こんな風にお仲間に入れていただく機会がめぐってきたのはこれが初めて。

私が「晴空便り」を作りはっきりと自分の世界を表現しようという意思を持たなければきっとこのイベントもいいとこお客さんで少しお邪魔させていただく程度だっただろうなと思うと色々と感慨深いです。

 

会場の中で、少しだけ来場者の方にお花を生けていただく機会を持たせていただいたのですが、その時、不思議なことがありました。

 

忙しい中で時間を作り、生け花をしに来てくれた主催の彼女が、

 

「まずこの中から好きなお花を選んでください」

 

と私が差し出した花の束を見て少し動きを止め、それからゆっくり、緑色のフサフサしたお花を手にとったのです。

一本、二本…と同じ花を生けながら、彼女が

「あのね、とても不思議なのだけど」

と、動きが止まった理由を教えてくれました。

 

その緑色のお花(テマリソウというそうです)が入った花束を、この春の誕生日に彼女はとても大事な友人からもらっていて。

そしてその後、夏を待たずしてその友人の方は亡くなられたそうなのです。

 

最後になったプレゼントだから、ドライフラワーにして持っていて。
その後色々なお花やさんで探したけれど、名前も分からず、少し珍しいお花だから見つけることが出来なくて諦めていた、、、と。

 

その友人の方は、ずっと彼女と一緒にこのイベントをやってこられた方で。

その方がいないイベントはこの日曜日が初めてで。

「きっと魂で参加してくれているよね」

と思っても、やっぱりどうしても、寂しかった。

 

でもお花を生ける時、そのテマリソウを見つけて。

 

彼女はそれを、友人からのサイン、「きっと来てくれている」と感じ、本当に嬉しかった…とお礼を言ってくれました。

 

たった5~6種類何気なく選んできたお花の中に、まさかそんな大事なことに繋がるきっかけが隠されていたとはもちろん思いもかけないことでしたが。

 

このエピソードに出会えただけでも、私がこの日参加させていただいた意味は十分にあったなぁと感じ、胸が震えたのです。

 

用意したお花は、当初そのホテルから一番近くの便利な場所にあるところで買っていこうかなと考えていたのですが、

2日前になって

 

「いいや、やっぱり近いところよりも好きなところに行こう」

 

と思い直し、場所は少し遠くなりますが、前から好きだった少し変わったお花がたくさん置いてあるお花屋さんで感覚で選んできた…という経緯があります。

 

それで、正解だった。

 

そんな風に、思えたのです。

 

 

準備の段階では考えもしなかったことが、当日奇跡のように現れて。

 

私もまた勝手に、サインとなるお花を届ける役割をさせてくださったその彼女の友人から、何かとても大切なバトンを手渡してもらったような気がしました。

 

 

改めて、人知を超えたものの存在について思わされた一日です。

 

 

  

   末富晶

 

<晴空便りホームページ>

 

seikuudayori.wix.com