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晴空便り

造形詩家・末富晶の晴れた空へつながるブログ

私もあなたも、知らない私

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今月になり、突然舞い込んで来た高校の授業に訪問する機会ですが、今週無事に全3回が終わりました。

 

スクーリングで前日から泊りがけで来ている生徒の皆さんにとって、その日は朝一番の体育から始まったというから、昼過ぎから夕方にかけての6限目~7限目のクラスはそれはそれは眠い時間だったろうなと想像できます。

よく目を開けて聞いてくれ、その後一緒に輪になって話に参加してくれたものだなぁ…いやはや、お疲れ様でした。

 

参加させていただいたのは、福祉の授業でした。

 

福祉とは、私が普段エッセイを連載させていただいている高島市社会福祉協議会さんの言葉を借りれば

 

ふ だんの

く らしを

し あわせにする

 

ということなのだそうです。 

 

普段の暮らしを、幸せにする。

幸せに、生きる。

 

それを考えることは、とても大事なことだけれど。

でも、その幸せって一体誰が決める?

 

毎回、先生からのそんなメッセージの投げかけから授業は始まり、教室のどこからか「決めるのは、自分や」という生徒さんの声があり。

 

そのまま流れは「でもその「自分」って何や」というところまで行く。。。

 

結局、自分のことをよく知らないまま、幸せになるのって難しいんやなあと、分かる。

 

その流れ方とテーマにしている内容がとても私好みで、お話をさせてもらうゲストの立場なのですが思わず生徒さんと一緒になってムムムと本気で色々考えました。

 

先生がおっしゃるには、「私」の中には

 

1「私も他者も知っている私」 という部分

2「私は知っているけれど他者は知らない私」 という部分

3「私は知らないけれど他者は知っている私」 という部分

それから最後に

4「私も他者も知らない私」 という部分があり。

 

この4の「私も他者も知らない私」の部分が大きければ大きいほど、人は自分を不幸だと感じる傾向にあるのだそうです。

 

自分の中に眠っている、自分も発見しておらず、他の人にも見せることができていない自分。そんな部分が大きければ大きいほど、幸せを感じることができない。

 

成長する過程で、だから4の部分に目を向け、自分の中にある知らない自分を知っていくということはとても重要なことなのだけど。

 

そのためにはさて、どんなことをすれば良いのか。

 

そんなお話で、本当に興味深かったです。

 

先生は知らない自分の発見のために、出会いが大切だと思っているとおっしゃって。

その出会いの一つとして、私の話を生徒さんに届けたいと思ってくださったのでした。

 

でも出会いは人と人の関係だけではなく、本でもそうだし、他の何かでもそう。

 

「晶さんのされている生け花も、この4の部分を発見していく方法の一つですね」

 

と言っていただき。

すごい、まさにその通り。と、感銘を受けました。

 

1~3が目に見える世界の話なら、

4はただ一つ、目に見えない世界の話なのだろうと思います。

 

生け花は「間」を大切にしますが、間とは空間であり、まさに見えない世界そのもののことです。

 

現代に生きる私たちには、何かと言えばまず見えるものの世界に目を向けることのクセが 染みついているけれど。

それが世界のすべてだと思ってしまいがちだけれど。

 

見えない世界の深みがあってこその、見える世界。

 

空間があってこその、物や命。

 

 

 改めてそんなことを考えられる、貴重な機会となりました。

 

私は高校一年生の生徒さんたちよりも、気づけばすでに倍くらいの時間をこの星で生きているのですが、それでもこれからもまだまだ

「私もあなたも、知らない私」

を発見していく機会は続いていきそうです。

 

それにしても、不登校だった私が不登校だった話をしに行った先の学校でこんな授業を受けさせてもらって帰ってくるなんて。

今ここで、高校の授業を受けているなんて。

 

なんだか本当に不思議で、面白いなぁと思います。

 

 

 

   末富晶

 

<晴空便りホームページ>

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