晴空便り

造形詩家・末富晶の晴れた空へつながるブログ

変えなければならない…ことはない。

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写真は前回の華道壮風会の昼間稽古で撮ったもの。

暗いとこだとやっぱりピンボケしてしまうなー。携帯とカメラについて、検討が必要です。

 

 

晴空便り生け花の日、2回目もお陰様で無事に開催することができました。

お越しくださり、ありがとうございます。水盤の上のお花の世界を楽しんでもらえて、嬉しかったです。

 

私が感じている生け花の世界の「すごさ」を、まだまだ全く伝えられている気がしないのですが、それも当たり前と言えば当たり前のことかもしれません。

 

例えて言うなら、「宇宙ってすごいよ」と言おうとしているようなものなのです。

「どんな風に?」

と聞かれれば、

「え、えっと、すごく広くって、星がいっぱいあって・・・」

と、いきなり自分の説明能力の限界に行き当たるような感じがします。

 

・・・というよりも、多分、言語化できない(とってもしにくい)世界の話なのだと思います。

 

無理に言葉にする必要はもしかしたら全くないのかもしれないのですが、その世界に出会うきっかけは多くあった方が良い気がするので、入口を増やすつもりで文章を書けたらなと考えています。

地道に、少しずつ、少しずつ…。

 

タイトルにある「変えなければならない…ことはない」という言葉ですが。

これは私がお花を始めてから知った多くの気づきの中の一つです。

 

稽古の中で、時間が許す限り、大抵いつも同じ華材で2~3回生けるのですが。

 

最初の作品が出来上がった後、水盤にあった花をぬいて「さて次にいこう」としたときに無意識にか意識的にか

「さっきとは違うものを作らなければ」

と長い間思っていたのです。

 

だから真ん中に持ってくる華材を変えてみたり、

前回とは違う数にしてみたり、

 

とにかく変化変化、変化させなければ・・・、と。

 

それがいつだったかの壮風会の稽古の折、先生から

「それはコマーシャルの作り方や」

と指摘されて目から鱗。

 

「目新しいもの」

「前とは違うもの」

 

誰かに何かを買ってもらおうとするとき、確かにそれは有効だけれど、華道やアートの世界の方向性とは全くの別ものだと・・・。

 

 

私の考え方は長い間、「作品づくり」ではなく「商品づくり」に基づいていたと知り、驚きというか衝撃でした。

 

 

変えなければならない、ということはない。。

けれど、同じものをつくろうとしても、結局二度と同じものにはならない。

 

さっきと違う、微細な変化は、他の「誰か」ではなく「自分」が気づくもの。

自分の中で、深まっていくもの。

 

やはり言葉にするのは難しいですが、

自分が知っていたつもりの「こうするもの」という「当たり前」が、実はかなり限定された世界の中でしか通用しない話であると事あるごとに気づかされます。

 

難しく、深い。

ゆえに、面白い。

 

 

 そんな世界の入り口を、次回もまた開ければと思います。

晴空便りの生け花について、詳しくは下記ホームページをご覧くださいませ。

 

 

   末富晶

 

 

 

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