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晴空便り

造形詩家・末富晶の晴れた空へつながるブログ

怒涛の3月行事を終えて

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・・・お疲れ様です。

連なっていた個人的重要3月行事、
「講演会」も「東京の塾」も「初いけ花教室開催」も、無事に終わりました。
本当に、皆々様のお蔭で、です。ありがとうございます。

荒波の上で船を乗りこなしたような、風に乗って飛んだような、もしくは宇宙人と出会って会話したような、、、。
とにかくどこか今までとは全く違う場所の力を使い果たし、清々しく放心中の今現在です。

食事で言うと、下ごしらえも調理も食べるのも後片付けも終わり、満腹で動けないというところでしょうか。
しかし、デザートはまだです。「別腹」と言って味わおうかなと思っています。


でもこれは、言うまでもないことなのだろうけれど。

ホームページも、ブログも、他にどんなことをやっていくか細かに考えるのも。

「自分の世界の徹底的な構築」の作業は、本当に楽しいです。


楽しい、けれども、甘くはない。
ともすればすぐ、「自分の世界」よりも「常識的なやり方」を優先してしまいそうにななります。

誰かが決めてくれている方法をそのまま取り入れるのは楽だけれど・・・。
それではきっと、私のつくりたい、こうありたい「晴空便り」から離れてしまう。


少し前、「しふくのふくし」で連載中のエッセイに、こんなことを書きました。

もし、人生が真っ白なキャンパスに絵を描くようなものだとしたら。
どんな風に描くかよりもずっと前に、どんな道具を選ぶのか、どんな絵具を集めるのかがとても重要になってくるのだと。

道具や絵具は縁ある人から受け取ったり、誰かの忘れ物を偶然手にすることもある。

でもその時、あえてひと息立ち止まり、それが本当に自分の絵に取り入れたい色なのかどうかを真剣になって決める必要があるだろうと思うのです。


そしてもし、自分の使いたい色が、他の誰も持っていないものだったら。

そこはすぐに描きたい気持ちをぐっとおさえて、色を作るところから始めることになります。
植物や石から色を取り出し、自分の納得のいく絵具ができるまでの作業は、他の誰の目にも触れない地味な過程で、しかも大抵すごく時間がかかるけれど。

でも、そこでどれだけ自分が納得できるものを作れたかどうかが、自分の絵を好きになれるかどうかの分かれ目だという気がするのです。

その色は、その絵に、ふさわしいのか。

描こうとする絵に敬意を持って、取り入れる色を決めていきたい。

 

「晴空便り」は動き出しているけれど、まだまだ色づくりの途中でもあります。

 

 

そういうわけで。
今月は「描く」作業にほとんどのエネルギーを費やしましたが、
デザートの時間が終わったら、今度はまた色づくりの方もやっていきたいと思います。

こつこつと。
好きな音楽でもかけながら。



   末富晶

<晴空便りホームページ>

seikuudayori.wix.com