晴空便り

造形詩家・末富晶の晴れた空へつながるブログ

不登校と私

柵を越えて

小学校3年生から学校へ行かず不登校児となって、そのまま大人になった私ですが。 不登校児となってから後、自分のことを「柵から出たヒツジのようだ」と感じていた時期がありました。 「柵」は言うまでもなく学校のことで、 仲間もたくさんいる、安心安全な…

凪いだ海に、櫂を持って

不登校児時代、おそらくほとんどの方々が見れば驚くほどに真っ白なスケジュールの日々を過ごしていました。 (不登校体験記はこちらからお読みいただけます) 朝起きて、その日何をするのかという予定が全く決まっていない。 そんな日がほとんどで、 朝日が…

あの頃の私へ

<生け花(フリージア・ハラン) 末富晶 2017年2月> 34才になりました。 人に説明できる名を持つような何者にもなっていないのにおかしな話かもしれませんが、 ごく純粋に、「よくぞここまで」という思いがします。 普段、あまりそういうことはない…

私の中の「真実」と、たくさんの人の声

昨日、大津市市民活動センターさん主催の「不登校の子どもを抱える親やご家族の悩みを共有する会」に参加して、少しですが私自身の不登校体験のお話をさせていただきました。 事前申し込み不要の会だったので、主催者の方も一体何人くらいの方々が集まってく…

本物の考え

11月も半ばになると、そろそろ今年も終わりだなぁという気配が漂いはじめますね。 来週の週末にはまた、元不登校児としてお話をさせていただく機会があります。 といっても今回は学生さん企画の会で、不登校と関わる色々な団体の方々が来られるようなので私…

私の不登校記~その17~

不登校の経験を綴ったエッセイその17です。 ♪その1はこちらからどうぞ。 <華道壮風会(後)> 不登校児として暮らしている間、学校以外のあらゆる場所が私にとっての「学び場」だったわけなのですが、華道壮風会の教室には今現在も通っており、その中で…

私の不登校記~その16~

不登校の経験を綴ったエッセイその16です。 ♪その1はこちらからどうぞ。 <華道壮風会(中)> 華道壮風会会主の松井禾風先生との出会いによって華道というものに触れることになった私でしたが、最初に生けた花はどんなものだったのか、体験してどんなこと…

私の不登校記~その15~

不登校の経験を綴ったエッセイその15です。 ♪その1はこちらからどうぞ。 <華道壮風会(前)> 人生の中で、折に触れ何度も振り返る印象的なシーンというものがあります。私の場合、その多くは人との出会いの場面です。 その後の自分の人生に大きく関わる…

不登校児になることは、効率の良い生き方をやめること

「アリス・イン・ワンダーランド」のように。 日常世界のどこかにある、思わぬ場所で落っこちて。ある日突然、世界がまったくあべこべに変わってしまう。 そこまでとはいかなくても、やはり、不登校児とそうでない生き方とでは子ども時代の世界の見え方が全…

私の不登校記~その14~

<種族の違う家族> 14歳から16年の間、私はラブラドールレトリバーという種類の犬を飼っていました。 どうしても犬が飼いたくて両親に頼み込み、おこづかいとお年玉をためて仔犬をもらいにブリーダーさんのところへ行ったのです。 「動物の一生の面倒を…

私の不登校記~その13~

<祖父母との思い出> 私の家はいわゆる二世帯住宅で、一軒家の二階部分に両親と私たち兄弟、一階に祖父母が暮らしていました。 学校に行かなくなってからしばらくの間、私はよく一階の和室を訪れ、祖父母と一緒に時間を過ごしていました。 祖父は大抵テレビ…

天の岩戸が開く時

7日の日曜日、お陰様で無事に二回目の講演会を終えることができました。 「ひきこもりがちな方と歩む研修会」の中で「不登校とわたし~学校の外の世界~」という題でお話させていただきました。 来てくださった方、携わってくださった方、本当にありがとう…

私の不登校記~その12~

<色を作るところから…> 人生は白いキャンバスに絵を描くようなものだと、いつか誰かの言葉を聞いたことがあります。 確かにその通りで、きっと誰にとっても始まりは真っ白な未知の世界。 成熟して振り返った時に初めて、自ら描いてきた絵の彩が見えるので…

私の不登校記~その11~

<困難という名の味方> 先日写真の整理をしていて、ちょうど不登校児となってすぐ、11才頃の自分の顔をじっくりと眺める機会がありました。 実は、驚くほど表情が薄いのです。 無表情とまでは言いませんが、楽しいシーンの写真の中でも笑おうとして笑えて…

私の不登校記~その10~

<おっちゃん先生とコーヒー> 不登校をして良かったと思えることの一つに、何よりもそうしなければ関わりを持つことがなかっただろう人たちとの出会いがあります。 もちろん学校へ行っていればまた違った出会いがあったのだろうと思いますが、行っていなけ…

私の不登校記~その9~

<担任の先生の言葉> 不登校児になるよりも何年か前、ほんの小さな頃の私は一人遊びが大好きな子どもでした。 幼稚園に行くのを泣いて嫌がり、朝の時間はいつも母や先生を困らせていたものです。 本当はどこにも行かず、家の片隅で絵を描いたり歌ったり、許…

私の不登校記~その8~

<主役の座> 「学校に行かない」生き方とは、どのようなものでしょう。 「学校に行けない」生き方と、どこが変わったのでしょうか。 表面的には何も変わらなくても、私の内面でそれはとても大きな変化でした。 行かないと決めたことで、誰かや何かのせいで…

私の不登校記~その7~

<10人の大人と、外の世界> 学校へ行かずに森で遊んでいる間、つねに楽しさいっぱいで暮らしていたかというと、残念ながらそうではありませんでした。 まわりの大人たちからの「学校にも行かずに」という無言の圧力は言葉では言い表せないほど強く、 「や…

私の不登校記~その6~

<森の遊び場> 学校へ行かなくなってからしばらくの間、何年かは近所の森が遊び場でした。 森といっても町中にある小さなもので、数分もあれば通り抜けられる明るい緑の空間だったのですが、子どもの頃の私には今見るよりもずっと広く感じられていて、わく…

私の不登校記~その5~

<未来の自分のために今何かをするのではなく、 今何かをしていることが未来の自分につながっていく> ≪早く着くことなんて目的じゃないんだ≫ 十五才の時に書いた詩の中の一節に、「なぜ学校へ行かなくなったのか」という大人たちからの問いへの答えを私なり…

私の不登校記~その4~

<十五才の詩> 山田洋次監督の映画「~十五才~学校4」の制作期間中、この映画のホームページで体験記の連載をすることになった私は、不登校の経験から感じたことを思いつくままに文章にしていました。 そんな中、何回目かの投稿の際に載せていただいた詩…

私の不登校記~その3~

<十五才 学校4> 私が山田洋次監督の映画「~十五才~学校4」の制作に関わることになったのは、16才の時に目にした新聞記事がきっかけでした。 義務教育期間が終わり、7年間の不登校生活に区切りがついた後で、ちょうど自分が不登校児として過ごしてき…

私の不登校記~その2~

<学校の外の時間> 不登校児というと 「他の子どもが学校へ行っている間、何の勉強も経験も積まないまま時間が止まったように家にいる」 というようなイメージをよく持たれるものですが、実際のところはそうと決まっているわけではありません。 当然と言え…

私の不登校記~その1~

2013年から隔月で高島市社会福祉協議会の広報「しふくのふくし」という雑誌に不登校の経験について綴ったエッセイを連載しています。 現在すでに20号近く続けさせていただいているのですが。 その内容をこのブログでも紹介していこうと思うので、「学校に…

3月6日の講演会を終えて

昨日、お蔭さまで無事に講演を終えることができました。お集りいただいた方々、またスタッフの皆さん、ありがとうございました。1時間は思っていたよりもあっという間に過ぎてしまい、お話をしながら最初に確認のために時計を見たときには30分が経ってい…

伝えたいことを一つだけ持って行く

あさっての日曜日、こちらで不登校時代の経験について講演させていただくことになっています。日にちが近付いてきて、うっすらとした緊張を感じているのですが、この感覚は多分至極当然のことなんだろうと思います。 一時間近くも人前でお話するのはこれが初…