晴空便り

造形詩家・末富晶の晴れた空へつながるブログ

贈り物、包む事、あれこれ

 

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 (写真:前回の稽古で生けた生け花 華材:三つ又・バラ・レモンリーフ)

 

 

クリスマスが近づき、プレゼントを買ったりラッピングをしたりという機会が増えています。

 

大きなお店で買うと「プレゼント用に」という一言で綺麗に包んでくれるけれど、

そうした場所とはまた違う一風変わった出自の品々だとそうもいかない。

 

必要に迫られて紙で包み、リボンをつけて…という動作をしていくうちに、あれ、もしかしてこれは好きな作業かもしれない…と気づいたのがここ数日の出来事です。

 

 

もう何年も前の話になりますが、木のおもちゃと絵本のお店でアルバイトをしていた時期がありました。

 

クリスマス前になるといつもよりたくさんのお客さんが来てくださって、サンタさんの贈り物のラッピングを任されることもあり、

はっきり言ってちっとも器用じゃない私は重大任務に冷や汗をかいた覚えがあります。

 

 

そんな思い出から「ラッピングは苦手…」と思い込んでいたのですが、

 

今回存外楽しめていることから推察するに、苦手だったのはラッピングではなくて「お客さんを待たせないように早くしなければならない」という自ら生み出したプレッシャーの方だったのかもしれません。

 

 

 プレゼントを包む、なんて。

 

普通に考えて、こんなに幸福な時間は他にいくつもないかもしれない。

 

包装紙の中身を知らない誰かが、わくわくとした気持ちで包みを開ける瞬間がそう遠くないうちに現実に訪れることを知っていて、その一瞬のために、準備をしているのだから。

 

開かれるのを承知で、包んでいるし。

 

ほどかれるのを承知で、結んでいる。

 

 

ある意味とっても無駄な作業とも言えるのに、

ああどうして、幸せと思う瞬間はことごとく「無駄」とされるものの中に含まれているんだろう。

 

「意味」や「結果」や「目に見えるもの」

 

ばかりを追うと、

 

「空間」や「過程」や「言葉にならないもの」

 

の重要性をあっという間に見失ってしまうから。

 

 

バタバタと忙しく動いた後には、きっとこうしてプレゼントを包んだりする時間が必要に違いない。

 

 

そんな風に自分と会話しながら、

冬の雨音を聞いています。

 

 

雪になるのは、まだもう少し先かな。。。

 

 

   末富晶

 

 

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12月の生け花の時間、ありがとうございました

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12月になりましたね。

 

先週土曜日、京都パレスサイドホテルで開かれたイベント「こ・こ・か・ら」さんで、プチ生け花レッスンの時間を持たせていただきました。

 

毎回どんな方が来てくださるかドキドキなのですが、おかげさまで今回も初めての方や2回目の方が何人かお越しくださって、みなさんとその場かぎりの生け花の時間をゆっくり味わいながら過ごすことができました。

 

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…そうなのです。

 

この世に存在する限り、どんな形にも終わりがあるものですが。

お花はその「終わり」に向かって進む変化が、みなさんご存じのようにとてもとても早く。

 

さっき生けたバラの蕾が、次に見た時にはもう別の形に開いている。

ということも、よくあります。

 

どんなに素敵な作品に仕上がったところで、そのままの形で持って帰っていただくことはできないし、

 

家でもう一度水盤に入れていただいたとしても、やっぱり三日と待たずに大きく変化してしまう。

 

 

本当に、生けたその時、一瞬かぎりの出会いなのですね。

 

 

でもどうしてか、だからこそ尊く感じ、

だからこそ、何かとても大切なものをその美しさの中に凝縮して秘めているように思います。

 

 

体験してくださった方お一人お一人の作品を一緒に見せていただいたり、生け花の世界の楽しさや深さを垣間見た喜びなどを伝えていただくうち、

やはり来年からはもっと「晴空便り・生け花の時間」を充実させていくことができればいいなぁと思えました。

 

前にも書いたような気がしますが、やっぱり改めて、身をもって「体験」する機会は大事なのですね。

私も、教える体験をさせていただいてはじめて感じること、本当に色々とあります。

 

やっぱり、教えることは学ぶこと。

 

 

次にお花の時間を持つ機会は来年になると思いますが。

 

また楽しみに準備をしていくつもりです。

 

 

   末富晶

 

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12月3日(土)「生け花の時間」

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あれこれしている間にもう今週末

 

今回もまた「こ・こ・か・ら」さんのイベントに出展させていただけることになりました。

 

12月3日(土)10:30 ~ 17:30

京都パレスサイドホテル2階

 

での開催です。

 

私は「晴空便り」として1ブースいただいて、「生け花の時間」として来ていただいた方にお花を生けていただこうと考えています。

 

 

お花を生けるのがまったくはじめて、という方でも大丈夫です。

「型」や「決まり」のない生け花ですので、どうぞリラックスして楽しんでいただければと思います。

 

・お花が好きな方

・型のない生け花ってどんなものかな、と思われる方

・なんとなく興味を持った方

 

 

お時間ありましたら、秋の終わり…もしくは冬の初めの京都へどうぞお越しください。

 

ふらりと来ていただいてももちろん嬉しいのですが、色々会場内をうろうろしている可能性もあり、ご予約いただければ確実にその時間ブースにおりますので、もし良ければメールフォームよりお越しになる時間をお知らせいただけたら嬉しいです。

(準備するお花の数のめどがついてとっても助かります)

 

 

今回は下記内容で、開催させていただきます。

 

心の庭に花咲かそ ~生け花の時間~

・ほっと一息…生け花の時間 20分~30分 2,000円(花代込み)

小さな器の中での生け花体験。
好きなお花を選んでいただいて、

その日の心のまま生けるお手伝いをさせていただきます。

 

・ゆっくり向き合う…生け花の時間 40分~50分 3,000円(花代込み)

じっくり心とお花に向き合いたい方はこちらをどうぞ。
好きなお花と器で、お花と言葉を越えた場所で対話をしながら、

ご自身の心の奥の風景を水盤に現すお手伝いをさせていただきます。

 

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詳しい内容、アクセスはどうぞ「こ・こ・か・ら」さんのホームページをご覧ください↓

ko-ko-ka-ra.com

 

晴空便り・生け花の時間のページはこちらです↓

http://ko-ko-ka-ra.com/?mode=cate&cbid=2159395&csid=0

 

 

 

 「こ・こ・か・ら」さんでは手相やタロットなどの占いから、本格的なアロママッサージのブース、物販など、個性的な出展者の皆さんがそれぞれのブースを持たれています。

 

このような場所で生け花のコーナーを持つ人は珍しい(もしかしたら他にいない)らしいのですが、不思議と心地よく、もう3度目の出展です。

 

良き日となりますように・・・

 

当日お会いできるみなさま、

どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 

   末富晶

 

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私の中の「真実」と、たくさんの人の声

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昨日、大津市市民活動センターさん主催の「不登校の子どもを抱える親やご家族の悩みを共有する会」に参加して、少しですが私自身の不登校体験のお話をさせていただきました。

 

事前申し込み不要の会だったので、主催者の方も一体何人くらいの方々が集まってくださるのか当日にならなければ分からなかったような状態だったのですが、蓋を開けてみれば会場がほぼいっぱいになるほど、たくさんの方に来ていただきました。

 

私の他に、普段子どもたちの支援をされているNPO法人などの団体さんが3団体お話をされることになっており。

話す順番を知ったのは開始直前だったのですが、なぜか私が最後、大事な締めの役割ということになって、3団体の方々の活動のお話を感心したり納得したりして聞かせていただき、「私だけ全然違う超個人的な話だけど良いかしら」と思いながらの出番待ちでした。

 

最後だったので、私がお話をはじめさせていただく頃にはすでに開始から1時間以上が経過していて・・・

 

以前に話上手の友人から

「人が集中して話を聞けるのは1時間前後。だから学校の授業もそれくらいで休憩に入る」

と聞いていたので、肩の力をぬいて気楽に聞いてもらったらいいなと思い、そのまま

「時間的にきっとお疲れだと思うので、どうぞリラックスして聞いていただければと思います」

とお伝えしてから話はじめたのですが。

 

ぼーっとされたり、

眠くなったりしても仕方ないだろうと思っていたのに。

 

みなさんが本当に、真剣に聞いてくださるので。

 

私も話しているうちにどんどんと熱が入り、

今ここで伝えたいこと、この日これだけは言おうと思ってきたこと、を上手くとは言えないまでも私なりにしっかりお話することができました。

 

1時間を超えていても、それほど真剣に聞いてくださるということは、それだけ真剣な思いを持って集まっておられたということなのだろうと思います。

 

「やっとの思いでここまで来た」という方もおられたのかもしれません。

 

それだけ「本気」の満ちた空間でした。

 

 

その「本気」を身体中で浴びながらお話をさせていただいて、今更ではありますがやはり私には「不登校を経て大人になった人」として出来ることが何かきっとあり、どんな形かでも、これからもそれを続けていくのだろうと思えたのです。

 

昨日させていただいた話の中で、私が「これだけは」と思って何度か口にしたのは

 

「大多数の人が「そうだ」ということが、真実であるとは限らない」

 

という内容の言葉でした。

 

 

たぶん大勢の人が、「不登校=(イコール)不幸なこと」と考えていて。

 

私も最初の頃は、それをそのまま受け入れて

不登校児である私=不幸な人」という図式に苦しんでいたのですが。

 

ある時、延々続くかと思われた暗澹たる時間の中で

 

「それは本当なのか?」

 

という疑問を持つことが出来ました。

 

今振り返ればきっとその時に、暗い雲の隙間から一縷の光が差したのだと思います。

 

そしてその光は、「今現在その経験の真っ只中にいる自分こそ、それを「本当」にも「嘘」にもすることが出来る存在なのだ」という気づきに繋がっていったのです。

 

 

「大勢の人が「きっとそうだ」と思っていること」

 

 

「自分の真実」

 

は違っている場合もある。

 

 

そして、「自分の真実」は自分が決めて良いのだと。

 

  

もしかしたらそれが、「自由」ということなのかもしれません。

 

 

この広い世界の中で、何を自分にとっての真実としていくか。

 

 

この先もきっと、その問いかけは続いていくのだろうと思います。

 

 

 

 

昨日あの場で話を聞いてくださった皆さん

本当に、ありがとうございました。

 

 

 

   末富晶

 

 

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ええことありますように

 

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先日、帰り道のバスに英語圏からの観光客のグループが一緒に乗っておられたのですが。

とちゅうから乗ってきたおばあさんグループとのやり取りが面白くて、たぶんバス中を和ませていました。

 

おばあさんA「はゔぁ ないす でぃ!(笑顔)」

 

観光客男性「Oh!(嬉しそう)」「○○○○?(英語で続けて何か返す)」

 

おばあさんA「なに言うてるか分からん。 はゔぁ ないす でぃ!」

 

おばあさんB「あんた何言うてるんや」

 

おばあさんA「なんか分からんけどこれだけ言うことにしてるねん。はゔぁないすでぃや。「ええことありますように」ってことやろ」

 

おばあさんB「80ですってなんて言うんやろうな。年や、年」

 

観光客男性「Toshi...?」

 

おばあさんAB「そうや、年や!あっはっはっは(大声で大笑い)」

 

 

その後会話にならない会話を(やはり大声で)続け、最後はまた「はゔぁ ないす でぃ!」で去っていった…。

 

なんというか、英語が喋れないこととか、相手は若者だとか、バスの中の人みんな聞いてるとか、あらゆることを物ともしない驚きの明るさと出会い、不思議な清々しさを感じてしまったのです。

 

 

私にはない、あの力…

 

 

「ええことありますように」

 

 

どんな人とも、そんな気持ちで向き合うことができたら。

それはどんなにか、素晴らしいことだなぁ。。。

 

 

なんて思っていたら、今日は私が駅で外国からの観光客の方に道を聞かれてしまった。

フランス語は少し勉強しているけれど、英語はちょっとした単語でも急には出てこない。。。

 

身振り手振りで何とかして、手を振って別れたけれど。

 

 

しまった、「はゔぁ ないす でい!」を忘れた。

 

 

と思ったときには、時すでに遅し・・・

 

 

あのおばあちゃんたちの境地に至るには、まだまだ先が長そうです。

 

 

 

   末富晶

 

 

 

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お知らせ・不登校についてのイベントがあります

今度の日曜日、下記チラシの企画に参加させていただいて、不登校の経験についてなどお話させていただくことになっています。

 

悩みを共有する会・・・ということなのですが、普段このブログを読んでくださっている方はすでにご承知の通り、不登校が私の悩みだった時期は遙か昔の話で、今となってはあの時学校に行かなかったおかげでとても良い人生が開けた・・・と思っておりますので果たしてそういう意味でお役に立てるのかどうかは分かりません。

ともかくいつものように、このままの私で、思うところをお話できたらなぁと考えています。

 

私は一体験者としての体験談をお伝えするのみなのですが、その他支援活動などされている団体さんも来られるとのことです。

申し込み不要とのことですので、興味を持たれた方、どうぞお気軽にお越しください。

 

   末富晶

 

 

 

このイベントを企画されている

大津市市民活動センターホームページはこちら

 

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本物の考え

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11月も半ばになると、そろそろ今年も終わりだなぁという気配が漂いはじめますね。

 

来週の週末にはまた、元不登校児としてお話をさせていただく機会があります。

 

といっても今回は学生さん企画の会で、不登校と関わる色々な団体の方々が来られるようなので私はその中の一人、経験者として自己紹介を少し・・・というような感じになるかと思うのですが。

さて、どんな時間になるでしょうか。

 

まだまだ今年が終わるまでに、色々ありそうですね。

 

 

「こんな風に、自分の経験をみなさんの前でお話するようになるとは、思いもしなかった」

 

最近講演会などをさせてもらう機会が増え、その中でよく言うようになったこの言葉は、実は半分本当で半分はそうでもないのです。

 

今でもはっきりと覚えているのですが、小学校高学年頃…たぶん12才か13才かそのくらいに、私はとある大人の方々の前で一度、はっきりと

 

不登校の経験を持つ人は少ないから、いつか大人になったらこの経験が役に立つ日が来ると思う」

 

と言ったことがあるのです。

 

その時は確か、その大人の人は私に、「将来について考えた方が良い」というアドバイスをくれていて、その人が「手堅い」仕事として挙げた職業にあまりにもさっぱり興味が湧かなかったので、私としては不登校を軌道変更してその道に行くよりも、このままの方向でつき進んだ方が自分には合っているということをなんとか伝えたかったのだと思います。

 

結果として、「まさか」という感じで笑われてしまい、その方々は遠からぬ関係の人たちだったこともあって、その反応は半ば予想していたもののやはりショックでした。

 

 

 こんなにも、伝わらないのか、と。

 

 

泣きこそしなかったけれど、深く傷ついて、その後何も言えなくなってしまった。。 

 

 

 

けれど今思えば、それで良かったのかもしれません。

 

その後はもう大っぴらには口にせず、心の中でひそかに持っているだけの想いでしたが、今になって「ああ、やっぱりそうだったな」と、あの時考えていたことが少しずつ現実になっていっている感覚があります。

 

 

唐突なようですが、最近思うのです。

 

 

もし自分が真剣に思う内容が、それを言葉に出して伝えようとしたとき、周りの誰にも理解されないと感じるものだったとしたら。

実はそれこそが、本物の考えなのではないか、と。

 

 

自分の中の本物は、他の誰とも似ていないので、すでに見本があったり容易な言葉で説明がつくものではなく。

全く理解されないように感じても、むしろそれは、当然なのかもしれません。

 

 

焦らずとも、時が来て、自分が行動で示せるようになれば。

 

少しずつ考えが現実になっていくうちに、知らず知らず、あの時笑っていたはずの人たちがよき理解者へと驚きの変貌を遂げていることもあります。

 

 

きっとそういった内面の想いは、どんなに大切で真剣なものか、その人以外の人には、見えないものなのです。

 

だから時が来るまで、大事にしまい、誰にも見せなくていい。

 

 

周りの一人も理解してくれなくても、「やっぱりなし」と消してしまわなくてもいい。

 

 

時折ながめて、その考えに勇気をもらって、その日なすべきことをしているうち。

 

それが本物の考えなら、きっと動く時が来る。

 

 

そんな風に思います。

 

 

 

今年は私の個人的活動「晴空便り」が動き出した、とても嬉しい一年でした。

 

まだ一か月半ありますが、もうすでに2016年には感謝でいっぱいです。

 

 

 

これから年末にかけて、だんだんと寒くなりますね。

 

みなさんどうぞお身体ご自愛ください。 

 

 

 

   末富晶

 

 

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