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晴空便り

造形詩家・末富晶の晴れた空へつながるブログ

ええことありますように

 

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先日、帰り道のバスに英語圏からの観光客のグループが一緒に乗っておられたのですが。

とちゅうから乗ってきたおばあさんグループとのやり取りが面白くて、たぶんバス中を和ませていました。

 

おばあさんA「はゔぁ ないす でぃ!(笑顔)」

 

観光客男性「Oh!(嬉しそう)」「○○○○?(英語で続けて何か返す)」

 

おばあさんA「なに言うてるか分からん。 はゔぁ ないす でぃ!」

 

おばあさんB「あんた何言うてるんや」

 

おばあさんA「なんか分からんけどこれだけ言うことにしてるねん。はゔぁないすでぃや。「ええことありますように」ってことやろ」

 

おばあさんB「80ですってなんて言うんやろうな。年や、年」

 

観光客男性「Toshi...?」

 

おばあさんAB「そうや、年や!あっはっはっは(大声で大笑い)」

 

 

その後会話にならない会話を(やはり大声で)続け、最後はまた「はゔぁ ないす でぃ!」で去っていった…。

 

なんというか、英語が喋れないこととか、相手は若者だとか、バスの中の人みんな聞いてるとか、あらゆることを物ともしない驚きの明るさと出会い、不思議な清々しさを感じてしまったのです。

 

 

私にはない、あの力…

 

 

「ええことありますように」

 

 

どんな人とも、そんな気持ちで向き合うことができたら。

それはどんなにか、素晴らしいことだなぁ。。。

 

 

なんて思っていたら、今日は私が駅で外国からの観光客の方に道を聞かれてしまった。

フランス語は少し勉強しているけれど、英語はちょっとした単語でも急には出てこない。。。

 

身振り手振りで何とかして、手を振って別れたけれど。

 

 

しまった、「はゔぁ ないす でい!」を忘れた。

 

 

と思ったときには、時すでに遅し・・・

 

 

あのおばあちゃんたちの境地に至るには、まだまだ先が長そうです。

 

 

 

   末富晶

 

 

 

<晴空便りホームページ>

seikuudayori.wixsite.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お知らせ・不登校についてのイベントがあります

今度の日曜日、下記チラシの企画に参加させていただいて、不登校の経験についてなどお話させていただくことになっています。

 

悩みを共有する会・・・ということなのですが、普段このブログを読んでくださっている方はすでにご承知の通り、不登校が私の悩みだった時期は遙か昔の話で、今となってはあの時学校に行かなかったおかげでとても良い人生が開けた・・・と思っておりますので果たしてそういう意味でお役に立てるのかどうかは分かりません。

ともかくいつものように、このままの私で、思うところをお話できたらなぁと考えています。

 

私は一体験者としての体験談をお伝えするのみなのですが、その他支援活動などされている団体さんも来られるとのことです。

申し込み不要とのことですので、興味を持たれた方、どうぞお気軽にお越しください。

 

   末富晶

 

 

 

このイベントを企画されている

大津市市民活動センターホームページはこちら

 

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<晴空便りホームページ>

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本物の考え

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11月も半ばになると、そろそろ今年も終わりだなぁという気配が漂いはじめますね。

 

来週の週末にはまた、元不登校児としてお話をさせていただく機会があります。

 

といっても今回は学生さん企画の会で、不登校と関わる色々な団体の方々が来られるようなので私はその中の一人、経験者として自己紹介を少し・・・というような感じになるかと思うのですが。

さて、どんな時間になるでしょうか。

 

まだまだ今年が終わるまでに、色々ありそうですね。

 

 

「こんな風に、自分の経験をみなさんの前でお話するようになるとは、思いもしなかった」

 

最近講演会などをさせてもらう機会が増え、その中でよく言うようになったこの言葉は、実は半分本当で半分はそうでもないのです。

 

今でもはっきりと覚えているのですが、小学校高学年頃…たぶん12才か13才かそのくらいに、私はとある大人の方々の前で一度、はっきりと

 

不登校の経験を持つ人は少ないから、いつか大人になったらこの経験が役に立つ日が来ると思う」

 

と言ったことがあるのです。

 

その時は確か、その大人の人は私に、「将来について考えた方が良い」というアドバイスをくれていて、その人が「手堅い」仕事として挙げた職業にあまりにもさっぱり興味が湧かなかったので、私としては不登校を軌道変更してその道に行くよりも、このままの方向でつき進んだ方が自分には合っているということをなんとか伝えたかったのだと思います。

 

結果として、「まさか」という感じで笑われてしまい、その方々は遠からぬ関係の人たちだったこともあって、その反応は半ば予想していたもののやはりショックでした。

 

 

 こんなにも、伝わらないのか、と。

 

 

泣きこそしなかったけれど、深く傷ついて、その後何も言えなくなってしまった。。 

 

 

 

けれど今思えば、それで良かったのかもしれません。

 

その後はもう大っぴらには口にせず、心の中でひそかに持っているだけの想いでしたが、今になって「ああ、やっぱりそうだったな」と、あの時考えていたことが少しずつ現実になっていっている感覚があります。

 

 

唐突なようですが、最近思うのです。

 

 

もし自分が真剣に思う内容が、それを言葉に出して伝えようとしたとき、周りの誰にも理解されないと感じるものだったとしたら。

実はそれこそが、本物の考えなのではないか、と。

 

 

自分の中の本物は、他の誰とも似ていないので、すでに見本があったり容易な言葉で説明がつくものではなく。

全く理解されないように感じても、むしろそれは、当然なのかもしれません。

 

 

焦らずとも、時が来て、自分が行動で示せるようになれば。

 

少しずつ考えが現実になっていくうちに、知らず知らず、あの時笑っていたはずの人たちがよき理解者へと驚きの変貌を遂げていることもあります。

 

 

きっとそういった内面の想いは、どんなに大切で真剣なものか、その人以外の人には、見えないものなのです。

 

だから時が来るまで、大事にしまい、誰にも見せなくていい。

 

 

周りの一人も理解してくれなくても、「やっぱりなし」と消してしまわなくてもいい。

 

 

時折ながめて、その考えに勇気をもらって、その日なすべきことをしているうち。

 

それが本物の考えなら、きっと動く時が来る。

 

 

そんな風に思います。

 

 

 

今年は私の個人的活動「晴空便り」が動き出した、とても嬉しい一年でした。

 

まだ一か月半ありますが、もうすでに2016年には感謝でいっぱいです。

 

 

 

これから年末にかけて、だんだんと寒くなりますね。

 

みなさんどうぞお身体ご自愛ください。 

 

 

 

   末富晶

 

 

<晴空便りホームページ>

seikuudayori.wixsite.com

 

 

 

 

 

 

 

私の不登校記~その17~

 

不登校の経験を綴ったエッセイその17です。

♪その1はこちらからどうぞ。

 

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<華道壮風会(後)>

 

不登校児として暮らしている間、学校以外のあらゆる場所が私にとっての「学び場」だったわけなのですが、華道壮風会の教室には今現在も通っており、その中でも例外的に長くお世話になっている場所だと言えます。

 

これほど長く続けられている理由には、もちろん先生や他の生徒さんたちのおかげもありますが、それ以上に「華道」という世界に一生を通じて学ぶべきものを見出せたことが大きいのではないかと思っています。

 

 

学校へ行かなくなってしばらくの間、私は深い悩みの時間を過ごしていました。

 

「この先どうなるのだろう」

 

という言いようのない不安から膨れ上がる思いの数々を、絶え間なく頭の内に流しているばかりだったのです。

 

けれどお華の教室が終わり帰る時は必ずと言っていいほど、少しすっきりとした気持ちに変わっていました。

 

たとえ稽古の中で生けた作品に先生からの褒め言葉が一つもない日であっても、不思議なことにそれは同じだったのです。

 

 

思うにそれは、植物の持つ力のおかげなのかもしれません。

 

生きた花や枝には、大地から離れてもなお、土に繋がっていた頃の生き生きとした力が宿っています。

茎や葉に触れ、一つ一つの姿をじっと見つめるうちに、知らず知らず私はその植物の持つ「気」をいただいていたのでしょう。

 

 

悩みや考え、自分でも気づいていないようなあれこれが、生け花では植物の姿をかりてすぐ目の前に見える形で現れてくれる。

 

自覚するしないに関わらず、それを繰り返すうち少しずつ心は整い、重い考えは霧散していったのでした。

 

 

 

高島市社会福祉協議会広報「しふくのふくし」NO.65より

 

~あとがきのようなもの~

水盤の上に、心の景色を広げる稽古は、まだまだ続いています。
最近、他の方々にもこの深い世界の入り口へとご案内する機会を持つことができるようになってきました。
私個人の「晴空便り生け花教室」も開いています。
興味を持たれた方は、どうぞ下記「晴空便りのホームページ」よりお問い合わせください。

 

松井禾風先生の

華道壮風会ホームページは→こちらからどうぞ。

 

 

   末富晶

 

 

 

<晴空便りホームページ>

seikuudayori.wixsite.com

 

 

 

 

 

 

 

私の不登校記~その16~

 

不登校の経験を綴ったエッセイその16です。

♪その1はこちらからどうぞ。

 

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<華道壮風会(中)>

 

華道壮風会会主の松井禾風先生との出会いによって華道というものに触れることになった私でしたが、最初に生けた花はどんなものだったのか、体験してどんなことを感じたのかといった細かなことは残念ながら覚えていません。

 

ただ、先生は

 

「大人はこういう時、きっとこう言うだろう」

「私たちに対して、こういう反応をするだろう」

 

という、当時の私が持っていた生意気な物差しが全く通用しない人で、そのことを新鮮な驚きと共に受け止めていた気がします。

 

子どもだから、不登校児だから、といった特別扱いは一切なく、そのことで却って私はほっと力を抜くことができたのだと思います。

 

 

後の先生の言葉では

不登校になる奴はだいたい賢いんやから、嘘やおべんちゃらはすぐバレるに決まってる」

とのことなのですが、

不登校児かどうかが関係あるかはともかくとして、その頃の私は確かに先生が「本当」に話をしてくれる人であることをしっかりと感じ取っていました。

 

しかし、「本当」のことは耳に心地よいものばかりではなく。

 

大人へと成長途中の私の中で勢いよくグングン伸びていた「思い上がり」や「過度な自信」なども、教室へ通ううち、ここぞというタイミングで幾度もバシーンと折られたのです。(もちろん本当にそんな音がするわけではないのですが)

 

 

当時の私には知る由もありませんが、「華道」は花を通じて自分を知る「道」だったのです。

 

等身大の私、つまり自分自身の未熟さにまず向き合わなければならないはめになったのは、当然といえば当然の流れなのでした。

 

 

<つづく>

 

 

高島市社会福祉協議会広報「しふくのふくし」NO.64より

 

~あとがきのようなもの~

今回は三部作でつづいています。後編も早めにアップしますね。

華道壮風会のホームページは→こちらからどうぞ。

 

 

   末富晶

 

 

<晴空便りホームページ>

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私の不登校記~その15~

不登校の経験を綴ったエッセイその15です。

♪その1はこちらからどうぞ。

 

 

 

<華道壮風会(前)>

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人生の中で、折に触れ何度も振り返る印象的なシーンというものがあります。私の場合、その多くは人との出会いの場面です。

 

その後の自分の人生に大きく関わる重要な出会いだとその時予感していることもあれば、全く気付いていないこともあったり。

 

恐らくはそれがよほど特別な場面だったから印象に残っているというよりも、幾度も繰り返して思い出しているうちに特に色濃い記憶へと成熟したという方が正しいのかもしれません。

 

そんな何度も思い出す特別な思い出の一つに、華道壮風会の松井禾風先生との出会いがあります。それは不登校児となって2~3年の頃、不思議なめぐり合わせで訪れた出会いでした。

 

当時私は11才くらい。学年で言えば小学5年生だったと思います。

よく遊びに行っていた同じ不登校児の友だちの家に、ある日禾風先生がたくさんの華材を持って突然現れました。

 

その友だちの家では客間で月に1、2回先生を呼んで壮風会の教室が開かれていて、主にその友だちのお母さんとご近所の方数名が習っておられたのです。

その日は教室の日ではないはずなのに、先生がうっかり間違えて来てしまったのでした。

そこでたまたま遊びに来ていた私が、「やってみないか」と声をかけてもらう流れになったのですが・・・。

 

実はこの偶然が、その先20年以上、現在にまでずっと繋がる私と華道壮風会の重要な出会いとなったのでした。

 

→ その16へつづく 

 

高島市社会福祉協議会広報「しふくのふくし」NO.63より

 

~あとがきのようなもの~

今回は前・中・後編三部作でつづいています。続きは早めにアップしたいと思います。

華道壮風会のホームページは→こちらからどうぞ

 

 

   末富晶

 

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着るものに、宿るもの

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先日、ある人と着物の話をしていて。

ふとした瞬間にその方がおっしゃった

 

「着物には、微生物が住んでいますからね」

 

という言葉が、それから何日もたった今もなんだか忘れられずに心に残っている。

 

昔の布、絹や綿やウールは、いろんな目に見えない生き物の住処になっているらしいと。

 

ごく当たり前かもしれない話だけれど、そういう視点からはあまり考えてみたことがなかったのでとても新鮮に感じたし、そんなことを考えたこともなかったということ自体が少しショックでもありました。

 

ああ、だからか。

 

だから昔の着物は、生きている感じがするのか。

 

着物を着るということはつまり、布の材料となった植物なども含めた命を纏うということなのか。

 

と、一人になった電車の中で大きくうなずいたのです。

 

 

大手アパレルメーカーの広告動画で、「何十回洗ってもOKな丈夫な服」を宣伝しているけれど。

 

服との付き合い方がそんな風に変わったのは、一体いつ頃からだったんだろうと、たぶん動画制作者の意図とはまるで違う視点で、何度もクルクル早回しで洗濯機に入れられるその服の様子を眺めていました。

 

「大切に扱う」以外に、服が長持ちする可能性があるなんて。少し前まで私たちは、考えてみたこともなかったんじゃないだろうか。

 

 家も、家具も、着るものも、何もかも。

 

本当に、ほんの少し前まで、手に入れたその時から劣化が進むようなただの「物」ではなくて。

出会ったその時から関係が始まり、付き合いが深まるごとに愛着も価値も増すような関係性がごく当たり前にあって。

 

誰かと出会って、恋をしたり、友だちになったりするのと同じように。その「物」ごとに異なる関係性を、長い時間をかけて育てていって。

地球上に生きるあまたの生物の力と、人間の作り手の心によってこの世に生まれた「物」を、あるいは「命」として捉えていたのではないんだろうか。

 

ああだから、使い込んだ物たちにいよいよ寿命が来て最後に命尽き果てた時、それらを「供養する」という考え方があったんだ。

 

今の「物」は「命」よりも「商品」と捉えられていること多いから。

買ってきた服が何らかの理由で着れなくなったりした時、

 

「もったいない。高かったのに」

 

というような言い方をするのが普通だと思い込んでいたりする。

 

でも本当は、 もったいないのはその命を生かすことができなかったからなんだろう。

 

 

人と人との関係が希薄になりつつある現代が「無縁社会」と呼ばれたけれど。

 

「縁」はたぶん、人間同士の間にだけあるものではなくて。

 

他の生物や、心の宿った服や道具や、自分の立つ大地などとも当たり前に結ばれているものだろうと思うのです。

 

まわりにある、自分たち以外の「命」に目を向けて。

もう一度、そのつながりを大切に扱っていく。

 

 

そんな時代がこれから、やって来るような気がしています。

 

 

   末富晶

 

 

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