晴空便り

造形詩家・末富晶の晴れた空へつながるブログ

「はやい」と「おそい」

f:id:seikuudayori:20170815102736j:plain

 

 

今朝は朝から雨がしとしと降っていて、

夏だということを忘れるくらい、なんだかとっても涼しいです。

 

久しぶりにゆっくり座って、書く事を決めぬままにこうしてブログを書いています。

 

このところもまた、色々なことが起こり。

いつものように喜んだり驚いたり時には考え込んだりの日々ですが、

自分の日常のリズムが、前とは何か違っていること、

起こることや見えることも、また違っていること、を少しずつ感じています。

 

リズムやテンポというものは「速い」と「遅い」の間のどの点かに収まるものだと思っていたけれど

例えば速くなって、速くなって、もっと速くなって、もうこれ以上は無理となった時、

ふとそれを「遅く」感じるようになる場所がある、という気がします。

 

遅く感じるようになった場所は、多分その次の段階の一番遅い点で。

おそらく気づかぬうちにもう、別の世界にワープしていて。

だから、一番速いのは、実は一番遅い場所でもある。

 

ずっと同じ世界の、同じルールでいくと思うから、人はきっと何年も先のことについて思い悩んだりできるのだろうけれど。

本当は、明日にでも、もう同じ世界にいるとは限らない。。。という生き方もある。

 

出口と思ったらまた入り口。

 

そんなことを繰り返し、入れ籠の中へ中へと進むように、もしくは螺旋階段を下へ下へと下り、上へ上へと上るように。

そんなふうに、みんな人生の旅をそれぞれのリズムで歩んでいるのかもしれない。

 

行くのが上でも下でも中でも外でも東西南北どこでも、

そんなことは実はあまり関係なくて。

 

生きていることはそれそのものでダンスを踊るようなものだから、

起きてきた出来事に、どんなステップを踏むか、どんなリズムでそれを受け取るかあるいはかわすか。

そんなあれこれを楽しめるようになった時、きっと人生の達人になる。

 

昔、山田洋次監督の「十五才学校4」という映画の制作に関わった時、

私は不登校の子が書いた自身の心の内として当時の自分の詩を提供したけれど

 

 

ほとんどの奴がバスに乗っても

ぼくだけは歩いてつっききるんだ

早く着くことなんて目的じゃないんだ

雲より遅くて十分さ

小鳥の小さな呟きを聞き逃したくないんだ

 

 

ここでも、「はやい」と「おそい」が知らない間に重要なこととして上げられているなぁと今更ながら思うのです。

 

これは、よく言われるように、そしてきっと当時の私自身もそう考えていたように

「ゆっくりのんびり行こうよ」

というメッセージなのではなくて。

 

「遅い」が「遅い」とは限らない、

ということを言っているのかもしれない。

 

 

自分のリズムを持つ人が、

そしてそれを

世界と照らし合わせながら常に変化させていける人が、

 

きっと軽やかなステップで自らの人生を踊ることができる。

 

 

流されずに。

 

留まらずに。

 

 はやいとおそい、の間を縫って。

 

 

 

亡くなった人たちがかえってくると言われるお盆の時期に、

ふと、そんなことを考える朝です。

 

 

    末富晶

 

 

 

○9月27日(水)

蘆花浅水荘にて現代文人生けの会を開催します。詳しくはこちらの記事へ↓

9月27日(水)” 現代文人生け ”を始めます - 晴空便り

 

 

<晴空便りホームページ>

seikuudayori.wixsite.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9月27日(水)” 現代文人生け ”を始めます

 

f:id:seikuudayori:20170806203849j:plain

 

あっという間にもう8月。

 

なんだかこういう書き出しをほぼ毎月くらいしている気がする…。

月日が飛ぶように過ぎている感覚は確かにあって、

でもよく考えたら今年になってから決まったこと、出会った人も驚くほどたくさんあって。

 

濃いような、早いような、時間の感覚があいかわらず不思議な感じです。

 

「現代文人生け」の会を、蘆花浅水荘にて9月27日(水)に開かせていただくことに決まりました。

 

重要文化財の素晴らしい建物の雰囲気に浸りながら、江戸時代から明治にかけて文化人に親しまれた型のない生け花「文人生け」を現代風に再現しよう、という試みの会です。

蘆花浅水荘についての過去記事はこちら ↓

 

” 着物の会 ” 蘆花浅水荘 - 晴空便り

 

持仏堂のお掃除~蘆花浅水荘~ - 晴空便り

 

 

型のない生け花。

 

というと、決まりはなく、自由に生けてよい、ということになりますが。

 

きっと何においても同じなのだと思いますが、

自由ということほど、難しいものも、他にない。

 

何度もここに書いているように、10才にして不登校児になり、

学校の外に出て毎日自由にやりたいことをして行きたい場所に行く生活をはじめた私ですが

その自由が自分にとって意義あるものとなるまでには多くの時と経験を必要としました。

 

自由であることはとても大切なことだけれど、

自由を扱いきれるまでの自分となるためにはそれなりの心構えがいるかもしれません。

 

私はその多くを、実は、きっと、お花から学びました。

 

自由に生けたお花が、ぐちゃぐちゃにならず、調和を生むためにどんなことが必要で、どんなことが不要なのか。

 

調和のとれたお花が、それ全体でどんなに、美しいものか。

 

「美しさ」が世界に与える決して無視できない大きな力を、今でもとても大切に感じているのです。

 

…日程をお知らせしようとしただけのつもりが、なぜだかここまで書いてしまいました。

ただ「楽しいので来てください」と言うにはちょっと本気すぎるのですが、本当の気持ちなので致し方ありません。

 

参加される方お一人お一人が、実際に自由に植物を生けながら、どんなことを感じてくださるか。

どんな集まりになっていくか。

今からとても楽しみです。

 

9月27日(水) 午後2時から

場所  記恩寺・蘆花浅水荘

    (蘆花浅水荘ホームページ)

参加費 3500円(蘆花浅水荘 拝観料金込み)

持ち物 花ばさみ・お好きな植物

 

 

縁ある人に、一人ずつ加わってもらいたい、という気持ちでいます。

 

行ってみたいなぁと思われた方は、どうぞホームページのメールフォームかフェイスブックのメッセージよりご連絡いただければ嬉しいです。

(晴空便りホームページ:メールフォーム)

 

 

 

毎日暑い日が続きますが、どうぞよい夏をお過ごしください。

 

 

   末富 晶

 

 

<晴空便りホームページ>

seikuudayori.wixsite.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花よ届け

 

f:id:seikuudayori:20170723182129j:plain

 

 大げさでなく、最近、花のことばかり考えています。

 

 

これから9月に新しく花の教室を開くつもりなのですが、

それに合わせておそらく私自身も進化の必要性があり、

色々考えたり見え方が変わったりと忙しい。

 

そんなことがあってもなくても、

私たちは心配せずとも本当は昨日までとはもう全く何もかも違う人間のはずで。

 

ただ変わる、と決めるだけでそのようになる。

 

変わった自分に合わせて、

見える景色も変わってくる。

 

 

自分をどの程度の人間にしておくかは、

厳しいようだけど、いつの時点でも自分自身の責任以外の何物でもないのでしょう。

 

 

「ここでいいよ、これも楽しいし」

 

で、留まれば、失敗もないし安心だけど。

 

もうそこに遊ぶのはやめて

次の世界に行くと決めたなら。

 

たよりとなる先人たちの置き火の明かりが、これまでの風景と重なって、あちこちにほのかに揺れるのが見えてくる。

 

私は、私のしようとしている花生けの会は、そんな置き火の一つだと思っているのです。

 

もう一つ先の世界への、道しるべ。

 

 

この時代に生きる人々と共に、探し、自らも灯し、歩んでいけますように。

 

そんなおもいを持って、この秋より始めます。

詳細はまた後日に。

 

 

 

   末富 晶

 

<晴空便りホームページ>

seikuudayori.wixsite.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブレンダンとケルズの秘密

 

「ブレンダンとケルズの秘密」という、とても美しいアニメーション映画があります。

 

 

私がこの映画のことを知ったのは2〜3年くらい前でしょうか。

 

たまたま、ネットのどこかで見かけ、その映像と音楽にたちまち虜になりました。

 

一度だけ東京のどこかで上映されていたと知り、

知った時にはもう遅く、

見る事はできなくなっていて。

 

日本語字幕はその時一回きりで日本語版DVDもないと分かり、

 

わざわざアイルランドからCDとフランス語版のDVDを取り寄せて、何度も見た映画です。

(どうでもいいですが、DVDが入った茶色い紙袋が届いたとき、向きも何もお構いなしにあっちゃこっちゃ無造作にいっぱい切手が張ってあったのを見て「おお、海外から届いたな」と妙な実感が沸きました)

 

 

私が好きなものがいっぱい散りばめられたアニメでして、

日本語版はないし、紹介しても仕方がないけれど

自己満足に終わっても、いやこれはぜひ紹介したい。

 

フランス語できる人なら持ってるDVDを無理矢理にでも見せたい(いや嘘です)と思っていたのですが。

 

 

雰囲気だけでも味わってもらおうと思って、海外版の予告編をこのブログに載せるため、久しぶりに検索してみたところ…。

 

 

なんと、この夏に日本上映が決まっていました!(驚)

 

…ブログを始めて早一年以上ですが、初めて「大」フォントを使うほどの驚きです。

 

 

secretofkells.com

 

 

日本でも、それも各地で、劇場で、見れるらしいです。

 

上に張った公式ページのリンクから、予告編と内容が見れますので、興味を持たれた方はぜひ。

 

私もずっと小さなPC画面でのフランス語版しか見てないので、

複雑なフレーズになるとほぼ理解できず、

結構な部分を想像で補っていました。

 

はじめて日本語字幕で見れる…

きっと「えー、ここはこう言ってたのか」など色々と発見があることでしょう。

 

ああ、嬉しい。

 

 

こんなに勢い良く「良いよ」とおすすめしておりますが、もちろん「誰にでもそう」とは限らないとは思います。

 

私はちょっと特別、何かこのテーマと、アニメーションの雰囲気に合うものを持ち合わせている…と、自分でも感じるので、他の人にとってはそれほどでもないかもしれません。

 

 

アイルランドは昔から、私にとって、それほどよく知らないのに親しみのある懐かしい国です。

 

十代の頃からケルトの音楽が大好きで、

二十歳くらいの頃、お金をためて10日間ほどアイルランドに出かけました。

 

その頃何かと一緒に行動することが多かった兄と一緒に、二人旅。

 

最終的には最果ての島と言われるアラン諸島のイニシュモア島まで行き、

岩ばかりの遺跡の断崖絶壁に立ち、こんなところまで来てしまった…と思うと同時に、海に暮れ行く夕日に既視感を覚えたことを今でも強烈なイメージとして思い出すことが出来ます。

 

きっと私の魂と、何か深い関わりがある場所なのでしょう。

 

 

「ブレンダンとケルズの秘密」は、「ケルズの書」という9世紀に作られた見事な装飾の福音書をテーマにした映画なのですが

 

私はこの時の旅行の際、「ケルズの書」の本物も、ダブリンのトリニティ・カレッジ図書館にて幸運にも見ることができています。

 

その時のこともやはり記憶に色濃くのこっているのですが、

ダブリンを散策中、さて念願のトリニティ・カレッジ図書館へ…という時、兄が確か急に「体調悪いからホテルに戻る」と言い、

私は一人でも行くか、それとも兄と一緒にホテルに戻るか選択を迫られたのです。

 

なんせ一人で外国を歩く、ということはそれまで一度もしたことがなく。

 

英語を話せるわけでもなく。

 

それまでの私の常識からしたら、兄と一緒にホテルに帰る安全策を取る、、、ということになりそうだったのですが。

 

やはり、どうしても、なぜか、行きたかった。

 

大げさなようだけれど、その場所から呼ばれている気がしたのです。

 

えいやっと勇気を出して一人で行ったトリニティ・カレッジ図書館は、

「うわぁ」と声が出るほど圧倒的なすごい場所でした。

ファンタジー物語の世界に迷い込んだような空間…天井まである大きな本棚と、とてもじゃないけれど一生かかっても読み切れないだろうほどたくさんの古い本たち。高く添えられた木の梯子。

 

その中をぬけ、

ドキドキと見たケルズの書と古いハープ。

 

一人でここにいる自分を、なんだか不思議に思ったものです。

 

 

 「ブレンダンとケルズの秘密」は

あの記憶がよみがえる、この「ケルズの書」のお話とあって、

特別に感じ入ってしまうのかもしれない、というわけです。

 

 

「ケルズの書」はいったいどうやって作られたのか、

その制作技術や画材などについて

まだまだ謎が多いらしいのですが

 

「実は、こうして作ったんだよ」

 

という秘密が、この映画には描かれています。

 

ある人にとっては、おとぎ話だと笑って相手にされない内容かもしれませんが

 

私には、これは案外、真実に近いのかもしれないと思えるのです。

 

 

 

ブレンダンとケルズの秘密。

この夏上映の、嬉しいお知らせでした。

 

 

 

   末富 晶

<晴空便りホームページ>

seikuudayori.wixsite.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いけばな・アガパンサス

 

f:id:seikuudayori:20170712182043j:plain
<いけばな・アガパンサス ニシキギ アスパラ> 末富晶 2017年7月

 

長らくの迷走からようやく着地点を得たような昨日のお花。


このまま行きなさい、と言ってもらえたようでとても勇気をもらいました。

 

華材はアガパンサスニシキギ・アスパラ。

 

このお花の世界の奥行きの広さを、やはりもっといろんな方に知ってもらいたい。

そのためにできること、これからやっていきたいと思います。

 

 

 

見ているだけで涼しげな、そんな色合いのお花たち・・・。

 

こんな風な佇まいで、夏の間を過ごせれば良いなぁ。。。と、思いますが、さてどうなることでしょう。

 

 

だんだんと暑さが本格的にきびしくなってきました。

 

みなさんどうぞ、お身体ご自愛ください。

 

 

    末富 晶

 

<晴空便りホームページ>

seikuudayori.wixsite.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

持仏堂のお掃除~蘆花浅水荘~

 

f:id:seikuudayori:20170705145537j:plain

 

昨日、台風後未だ雨やまぬ空もようの中、蘆花浅水荘~ろかせんすいそう~にてお庭の中に建つ持仏堂(記恩堂)のお掃除をさせていただきました。

 

蘆花浅水荘山元春挙画伯によって大正時代に建てられたお屋敷で、国の重要文化財に指定されている貴重な建物なのですが、前にも書かせていただいたとおり、ひょんなことからご縁がつながり現在関りを持たせていただいている場所です。

 

 

蘆花浅水荘について前回の記事はこちら>

seikuudayori.hatenablog.com

 

f:id:seikuudayori:20170705145621j:plain

 

蘆花浅水荘の広間からお庭を眺めた時、右手に見える藁ぶき屋根の建物が今回の主題である持仏堂。

 

春挙さんのご両親と、絵の師匠であった森寛斎氏が祭られているお堂です。

 

f:id:seikuudayori:20170705145334j:plain

 

お庭のまわりの回廊を通って、雨に濡れずに持仏堂まで行くことができます。

 

f:id:seikuudayori:20170705145235j:plain

 

扉の開けられた持仏堂。

 

管理されている現当主の山元さんのお話では、ここはずっと公開されておらず、お掃除するのももう何年ぶりか…とのことでした。

 

私も中の様子は気になりながらも、実際に扉を開けて入らせていただいたのは昨日がはじめて。

なるほど、ずっと使われていない様子の、

だけどもやはり、なんだかとっても魅力的な空間がそこにはありました。

 

 

着物の会の有志と一緒に、計6名での大掃除。 

 

 

f:id:seikuudayori:20170705145302j:plain

 

f:id:seikuudayori:20170705145319j:plain

 

 

入口のふすまに貼ってある紙を興味津々に見てみたり。

(なにやら昔の文章と絵だけれどどんなことが書いてあるんだろう…膳所、という文字が見えた気がするのでこの辺りの土地に関することでしょうか)

f:id:seikuudayori:20170705145354j:plain

 

 

さすがに春挙さんはお堂のふすまの取っ手を蓮の形にしてらっしゃったのか、と感心したり。

f:id:seikuudayori:20170705145421j:plain

 

そんなこんな面白く過ごしているうちに、少しずつ埃はぬぐわれ、汚れはとれ、

ぼーっと薄暗かった空間に光が差し、

眠っていたお堂がきらきらと輝いて眠りからさめるがごとく、美しくなりました。

 

f:id:seikuudayori:20170705145520j:plain

 

掃除をすることは、ただ単に汚れをとる、ということだけにとどまらず

生きている「気」を循環させる、、ということなのかな、と前々から思ってはおりましたが、昨日はそれを実感する一日となりました。

 

まだ一度だけの掃除なので完全にきれいになったとは言い難いのだけど、それでも誰の目にも触れていない時と、明らかに畳も、壁も、天井も、置かれた物の何もかも、様子が違います。

 

一本ずつしっかりと見て生けたお花が、やはりくっきりと輪郭を持ち輝くように。

 

意識を向けられた場所は、一つ一つ浮かび上がるようにはっきりと見えてくる。

 

 

私たちが来たことを、もしかしたら喜んでくれているのかもしれない。

 

そんな風に思えるのです。

 

f:id:seikuudayori:20170705145751j:plain

 

持仏堂から眺めるお庭の小道も、しとしと雨にあたり美しい…。

 

f:id:seikuudayori:20170705145458j:plain

 

 

ここは仏様のおられるお堂ですが、

中には炉が切られていて、

裏はお水屋になっており、

 なんとお茶会ができるように設計されています。

 

「実に春挙らしい」

 

と、お孫さんにあたる山元さんが顔を綻ばせておっしゃっていましたが、

こんな場所は本当に珍しいのだろうなと、詳しくない私にも想像できるような気がします。

 

春挙さんは昭和8年の7月12日にお亡くなりになっていて、

ご命日に持仏堂を開けることができればいいなという思いからの今回の掃除でしたが

なんとか間に合うことができたでしょうか。

 

f:id:seikuudayori:20170706094834j:plain

 

蘆花浅水荘での私たちの活動は、まだまだはじまったばかり。

これからみなさんと一緒に、色んな素敵なことをここでしていけたらいいなぁと思っています。

 

またこのブログでも、過程をその都度お知らせしていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。

 

 

 

それでは今日も、どうぞよい一日をお過ごしください。

 

 

    末富 晶

 

<晴空便りホームページ>

seikuudayori.wixsite.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サプラーイズ

 

 

f:id:seikuudayori:20170701135235j:plain

 

 

昨日、待ち人来る、で

家のベルが鳴る音とともに訪れ人の声がしました。

 

 

ちょうどお昼の2時を数分ほど過ぎた時で、約束の時間にぴったり。

 

「はいはーい」

 

と、玄関の磨りガラスの先に明るい色の服を着た男性の姿が透けて見え、

何の疑いもなくガラリと開いてみたところ。

 

「サプラーイズ!」

 

と言って笑ったその訪れ人は京都在住の待ち人ではなく、カタール在住のKさんでした。

 

え。

え。

えええー!

 

思ってた顔と違うことにビックリ。

遠くに住んでいる人が(日本に一時的にかえってるのは知っていたけど)、こんなに気軽にふらりと立ち寄ってくれたのにもビックリ。

約束の時間に約束したのとは別の人が知ってたかのようなタイミングで来てくれたのにもビックリ。

 

 

まさに、サプライズ。

 

 

何がどうズレてこうなったのか。

 

宇宙は時々ちょっとした気まぐれのように、こういうことを起こしてくれます。

 

こんな時は、知らないうちに別世界の扉を開けたような気持ちがするもので。

あるはずだった一日の裏側、もう一つの世界に紛れ込んだような、不思議の国のアリスさながらな体験する日となりました。

 

椅子も冷たいミントティーも準備されていたのだけれど、

座って飲んだのは想定とは別の人。

 

…面白いなぁ。

 

 

Kさんが「これから軽い山登りに行く」というので、

全然そんなつもりはなかったのに急にプチ登山をすることになり、

梅雨のつかの間の晴れ間、泥濘んだ道を一緒にのぼりました。

 

途中から靴を脱いでのアーシング山歩きとなり、

山頂から街を一望する風景を前に、

その時はじめて会ったKさんの友人の方から

タイに住んでおられた時のお話を聞いたり、

他に誰もいない山頂の様子を珍しがったり、

清々しい風を感じたり、

下りながら鹿に遭遇してみんなではしゃいだりと

 

本当にもう思いがけない一日。

 

 

こういう驚きは、でも、実のところ大好きです。

 

 

心も身体も、いつも身軽にしておいて

こういうことが起きた時、相手と世界のタイミングにひらりとのって、一緒に踊れると大変楽しい。

 

もしかしたらそのために、普段から自分のリズムを大切にしたいと思ってるのかもしれないなぁ。

 

なんて思いました。

 

 

 

 サプラーイズ。

 

 

 

    末富晶

<晴空便りホームページ>

seikuudayori.wixsite.com